スガタ・ミトラ博士へのインタビュー

インタビュアー:マイク・ライオンズ(SOLE Online共同設立者 / 名城大学)

翻訳:加藤裕明(SOLE Online共同設立者 / SOLE Fuchinobe)

Q:子どもたちが何を学ぶべきか、国がある程度方針を示すべきという考え方について、どう思いますか?


A:もちろん必要なことだと思います。私の主張についてしばしば誤解される点なのですが、子どもたちは、そもそも世の中に、どのような種類の知識が存在しているかを知りません。子どもたちは、まずどの「領域」の知識を学べばよいかを知る必要があります。このあたりに、国の役割があると思います。ただ、多くの国が、学ぶ内容を、細かくリストアップしすぎて、逆にリストにないことは学べない仕組みになっています。この仕組みには、デリケートな面があります。子どもたちに学んでほしくないことは、リストから外せばよいという仕組みだからです。今後の課題であり、教育者たちの役目だと思っています。

Q:子どもたちがインターネットから学ぶことが多くなっていくと、子どもたちと親や祖父母たちからの学び、つまり文化への影響が出てくると思いますか?


A:これもデリケートな問題ですね。そもそも、文化とは誰のものか。何のための文化か。歴史? 宗教? アイデンティティーを成すもの? 皆にとって「文化」とはひとつでしょうか? 「価値感」はひとつでしょうか? 進化論的に、「人を殺してはいけない」のような、普遍的な価値観は存在するでしょう。しかし、「文化」の中には、守り続けることに合理的な理由が見つからないものも混ざっています。そういったものに疑問を投げかける勇気も必要ではないでしょうか。例えば、インドでは、たくさん塩分を摂取する「文化」がありますが、それは大量の汗をかくからです。現代の、西洋文化で、大量の汗をかかない環境にいる人は、たくさん塩分を摂取すると高血圧になります。同様に、衣服の文化も、日差しの強さなど、環境の影響を受けています。こうしたことから言えることは、子どもたちは、「文化」とは環境に適応する手段として、発生、発展してきたものであることを知る必要があるでしょう。

Q:SOLEでは、Big Questionは大人が提示しますが、これを子どもたちが作ることについては、どのように考えますか?


A:子どもたちが作るBig Questionは、大きく2つの種類に分かれます。非常にシンプルか、極端に難しくなる傾向があります。例を挙げます。12歳の子どもが、「気温が上がっているのは、気候変動のためですか?」という問いを考えました。良い問いです。しかし私ならこう問います-----「気候と天気の違いは?」このような形の問い方は、子どもたちでは作るのが難しいです。SOLEにおける大人の役割は、この点にあります。一方、子どもたちが作る難しい問いの例に、こんなのがあります。「私たちは実在するのか?」これは物理学が専門の私も逃げ出すような問いです。もうひとつの例です。「何が宇宙を作ったのか?」どういう意味か聞いたところ、「何かが生じるには、外部からの力か何かが働く必要があるでしょう。宇宙を作ったのは何だったのでしょうか?」子どもたちが出した結論は、「わからない。でも、神ではないはず。だって、神が存在するために、宇宙がなければいけないでしょう。」宗教によっては、子どもたちにどこまで自由な学びを許すか、というのはデリケートな問題になってきますね。



Q:SOLEを通じて、子どもたちはグループで協働して、インターネットを使って様々な興味深いことを学んでいますが、芸術の分野については、いかがですか?


A:どのような芸術の分野かにもよります。この分野については、私の経験上、少なくとも絵画と演劇のようなものには有効なようです。料理も含めるのであれば、料理もそうです。芸術の分野は、動画を観て学ぶことも多いです。ただ、動画を観て学ぶことには、メリットとデメリットがあります。メリットとしては、早く学べることです。ただし、前提として、子どもたちが、そのコンテンツに対して興味があるかどうかが重要になります。SOLEの場合、子どもたち自身が興味を持ったコンテンツを学ぶので、動画も学習効果の高いコンテンツです。一方、デメリットとしては、学ぶ範囲が限定されてしまうということです。(たとえば作品の作り方を学ぶ際に)動画で見たやり方は学べるけれども、違ったやり方は学べません。動画を観ずに、自分たちで試行錯誤したほうが、さまざまなやり方にトライできますし、まったく新しいやり方を発明したりして、イノベーションが起こるかもしれない。



Q:従来の教育は、帝国が人々を統制するために設計されたものだといわれていますが、これからどのように変わっていくのでしょうか? 私たちの世代、あるいは次の世代で、どうすれば変えていけるでしょうか?


A:重箱の隅をつつくようですみませんが、私としては、「帝国が人々を統制するために設計した」という捉え方をしていません。機械などが発達していない時代には、危険な仕事や、ゴミなどを扱う不衛生な仕事など、すべて人間の手で行なわなければならず、社会の「誰か」がやらなければなりませんでした。そうして必要性から、社会の歯車となって働くことの重要性を、教育の中で子どもたちに教え込んだという背景があります。身分制度も、もともとはこうした背景から生じたものと考えられます。社会が機能不全にならないよう、当時の各国の政権は、こうした教育システムを肯定せざるを得なかったのでしょう。しかし現代は違います。機械などの力で、人間たちは、危険な仕事や不衛生な仕事などから解放されました。ただ、そうはいっても、全員が詩人になるわけにもいきませんよね。例えば、エンジニアなども必要です。数学者も必要でしょう。近年、STEMを学ぶ人材が足りないという国があります。これは子どもたちが職業を選択できるようになったことの結果ともいえます。この問題を解決するには、どのような職種に、どれくらいの人材が必要になるのか、見直すことが必要ですが、これを子どもたち自身が考えてみるのも良いと思います。

Q:映画「School In The Cloud」の中で、イギリスの学校が出てきましたが、あれは公立ですよね。彼らはどうやって、公立の教育カリキュラムにSOLEを組み込んだのでしょうか?


A:最初は、既存の定期試験などに役立たないという理由で、反対もありました。しかし、彼らはSOLEを廃止しなかった。既存の教育カリキュラムに織り込んだのです。ひとつの方法としては、試験をSOLE形式で行う方法があります。グループで協力して答えを出します。この方法を継続的に採用することが、試験問題に答える能力を向上させるかどうかは、まだ検証が必要ですが、可能性に期待しています。もうひとつの方法としては、単元を、問いからはじめる方法があります。幾何であれば、例えば「三角形が重要なのは、なぜ?」「三角形は重要?」「三角形は四角形より重要?」という具合に。SOLEではあらゆる方向に探究が進んでいきますから、おそらく「三角法」にたどり着くでしょう。そこから三角法の歴史に触れれば、幾何への理解が全く違ったものになるでしょう。先生方には、そのような挑戦をしてほしいと考えています。

Q:イギリスでの実践から、学習効果について、同じグループ(生徒たち)における成績の推移、あるいはSOLEを導入していない他校との比較の状況はどうでしょうか?


A:OFSTED(教育監査局)から議会に対する報告では、SOLEを実践している学校では、生徒たちはよりリラックスした状態で、積極的にコミュニケーションがとれていて、問いに対して答えることに抵抗が少ない傾向が見られたそうです。ただ、試験の点数を上げる効果については、それを証明できるデータはとれていません。そこで私は、校長がSOLEを続けている理由を聞いてみました。校長はこう答えました。「子どもたちは、校庭でサッカーをしますが、それ自体は試験には何の役にも立ちません。しかし、だからといって、校庭をなくすようなことはしません。現実の社会では、何を作り出せるか、何かを巡る競争に勝利できるかといったことであり、その能力を培うのは、試験よりも、校庭で学ぶ部分が多いと思うのです。」私は、素晴らしい考え方だと思いました。SOLEは、心のための校庭なのです。


2019年7月28日

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